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『ロシア日記ーシベリア鉄道に乗って』高山なおみ 新潮社、2016年
(表紙画像は出版社サイトよりお借りしました)

料理家として知られる高山なおみさんは、2011年6月にシベリア鉄道の旅に出ています。本書はその旅行記として今年の夏に出たもの。同じ時期に、続編の『ウズベキスタン日記』もあわせて出版されました。 

高山さんにとってもロシアといえば、ファンの方も多い武田百合子さんのロシア旅行記『犬が星見た』 (中公文庫)。百合子さんは昭和44年に訪れています(ブレジネフ時代のソ連)。
その当時は鉄のカーテン(懐かしい響き)の向こうでマイナーであり続けたロシア、情報も少ない不思議の国。21世紀の今に至っても、東欧などよりさらに、なんとなく素朴なイメージがあったりします。
 
私もそこはかとないロシアへの憧れ、おばあちゃんを慕うような気持ち(以前の雑誌「ku:nel」の特集ページのような、のんびりふんわりしたイメージ)を持っていたのですが、
ずいぶん前、初めてロシアの航空機(当時一番安かった)に乗った時、かなり印象が変わってしまいました。(たまたま相性がよくなかったというか、外れだったのだと思いたいです。ロシアの名誉のために)

(私の体験など、旅慣れた方にはなんでもないと思うのですが、こんなことがありました)
 ●行きの飛行機のトイレの前で男女のCAさん? パイロット? が口論を始め、男性は女性をなでたり抱きしめたりしてなだめているが、女性は涙を振り飛ばし、男性をどついたり拳を振り上げて激昂。トイレに入れず、自分の押しの弱さと飛行機に不安を感じる。
 ●復路モスクワでの乗り換えで。ロシア人と思われる女性がわめき出し、空港の床に転がってだだをこねる(「あたしもーやだ! 何何するんだったらもー行かない!!」という感じ)のを、ヒグマのような男性たちが子供を甘やかすように、優しく一本ずつ四肢をつかんで搭乗口へぶら下げていくのを見送る。
 ●機内で某有名サーカスのピエロ集団(みんな暗い)の酒盛りに当たり、同乗の怖い奥さんから逃げているというピエロに「日本人には天才はいなーい」などとベタベタ絡まれ、私もロシア女性式に激昂・罵詈雑言・拳を振り回してみるとすんなり撃退成功する。

長くなって申し訳ないのですが、そんなわけでロシアは私にとって「女性がワガママで、男性がそれに甘々な国」です。でもそれは『犬が星見た』にもちょいちょい表れていて、感じ悪い女性のありえないワガママが通らない時、百合子さんは「イヒヒ。いい気味」などと書き残しています。

しかし、あの優しそうな高山なおみさんの旅はちがうようで、会う人々は優しいし、強そうな女性はいるけど、やはりなんだか性格の良さそうな穏やかな女性が多く出てくる、安心して読めるほんわりとした旅なのです。やはり、人は鏡なのでしょうか…??

高山さんは『犬が星見た』を読み込み、「本の中をいっしょに旅してきた」と言えるくらい入り込みます。42年後の旅は、小国の独立などで同じルートをたどることはできないけど、画家の河原真由美さんと二人で、想像を確認するようになぞっていきます。

冒頭のシーンは、出版社の人に迎えにきてもらうあたりから『犬が星見た』と出発月(6月)まで似ています。百合子さんは横浜からナホトカ行きの船(→汽車でハバロフスク)だったけど、本書の中では高山さんは、
  羽田→米子(鳥取県、空路)
  境港→東海(トンへ、韓国)→ウラジオストク(船)
  そこからシベリア鉄道で→ハバロフスク→ウラン・ウデ→イルクーツク、バイカル湖畔の村
  イルクーツクから空路帰国、というルートをたどります。

 だんだんに陽が昇って、すべての輪郭がくっきりとしてくる。湯気はいつの間にやら消えてなくなり、緑がいきいきと輝き出している。船から見えていたあの大海原が、大地になり変わったよう。原始時代からくり返される、天と地の営みのありさまを、走り去る車窓から見せてもらっているよう。こんな厳(おごそ)かで大がかりなことが、この世では、毎朝行われているのだ。
                  (「3 ハバロフスクへ」より)

雄大な景色を想像させてくれる文章が、美味しいお料理の分析(作り方はたぶんこう、など)とともに続きます。読んでてものすごくお腹がすくのが要注意です。

全体を通した印象は、高山さんが本当に『犬が星見た』が心底好きなこと(入り込んでいて、文体まで似て見えるくらい。百合子さんの文章の伝染力はすごいので)、よく涙が出てしまうこと、(よく日本人は旅先や休暇に何もしないでぼーっとするというのが苦手な人が多いといいますが)素直にぼーっとして、感覚を受け入れることができる人だなという印象です。

バイカル湖畔の美しい村で、一般家庭の料理を味わう、というメインイベントの直前に、高山さんが体調をくずしてしまってハラハラしますが、その料理や居心地のいい家を堪能して元気になっていく様子にホッと力が抜けます。

 スープ(「シチー」=玉ねぎ、にんじん、キャベツ、牛肉が煮込まれたスープ)はほとんど透明だけど、器のぐるりにだいだい色の輪っかが浮いている。でも、ちっとも油っぽくない。だいだい色なのは、パプリカのせいだろうか、それともトマトが入っているのかな。奥行きのあるおだやかな味で、少し酸味がある。発酵キャベツが入っているんだろうか。体中に染み渡るおいしさ。「うーん」と唸りながら、川原さんはひとさじひとさじ大切に味わっている。途中から私はスメタナ(発酵乳)を溶かし込んで食べた。うーん、フクースナ(おいしい)!

 姉妹の家は、本当に心地よかった。飾らない生活の場にお客さんを招くこと、いっしんにおいしい料理をつくること。料理や家って、人の体を浄化する力があるんだな。
             (「リストヴャンカ村へ」より)

ひょうひょうとした様子が描かれる、川原まゆみさんによる繊細な絵もとても美しいです。
旅はそうなのかもしれませんが、すとん、と急に終わってしまうようで、いつまでも読んでいたい物足りない気持ちになりました。武田泰淳が行きたがっていた、あのアルマ・アタ(現在のアルマトイ)には高山さんは行くのでしょうか、続編のウズベキスタンも早く読みたいです。

最後までお読みいただきありがとうございます!
ストーブ代をけちって湯たんぽ大活躍中のこの頃です。皆様も風邪などひかれませんように。
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