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『ダメをみがく ”女子”の呪いを解く方法』津村記久子 深澤真紀 紀伊国屋書店、2013年
(表紙画像は出版社サイトよりお借りしました)

昨日は、がんばっている女性たちの本を取り上げましたが、今日は女性がダメさを磨きあげる本を読んでみました。

15年ほど前だったでしょうか、ふと気づくと、世の中の若い女性たちにふわっとしたスカートが流行りだしたのは。チュールやレースのような、お人形や妖精のような儚げなもので、丈が短く細い脚を強調するタイプのものでした。私はスカートをはかないので関係ないのですが、大人っぽかったりガタイがよかったりする、似合わないタイプの女の子は何を着ているのだろう、選択肢はあるのかな? 似合う人がそうだというわけではないのですが、世間(主に男性)が女性に幼さや媚びやお人形っぽさを求めている傾向が強くなったのかもと心配になったことを覚えています。

もともと女性らしい(とされる)部分を自然にわきでるように持っている人って、とても素敵だと思うし、あこがれます。
しかし「女子力」というと、思いやりや仕草、身づくろいなど本来の意味はちがっていたはずなのに、すでに使い古されて下品な言葉になっていますよね。お金を出せば装着できる事物をさすことが多い気がします。ナチュラルボーン女子とちがい、後天的に身につけようとする人(私か!)のせいでしょうか。私が目をつぶって自分の女子力をイメージすると、やせた荒れ地を開墾して根付かない種をまいた結果、やっと得た一粒の収穫と手のマメが夕陽に光る…という心象風景が浮かびます。これっぽっちだけど、私にもできたよ! がんばれ、わたし!

いや・・・、がんばらない方がいいっすよ。(ボソッ)
この本はそう語りかけてきます。そもそも、がんばろうとしてもがんばれないでしょ。

ええと、私のがんばってたことは、メイクでもネイルでもパン作りでもなく、
「失礼のないように」「見苦しくないように」「TPOに応じて常識があるマトモな人のふりをする」「人に嫌われないように」するとか最低限だと思うんですけど。。。

あー・・・、それ全部他人目線なんで、自分ではどう見られてるか本当のとこわからないし、希望的観測にすぎないですよね。
土壌ってやっぱりあると思うんですよ。がんばって成果が出る人いると思うんですけど、ブログ主さんダメだと思うんで。
がーん。やっぱりムダ?
(注:この会話は引用ではなくて、私が読んだ勝手な感想です)

たとえば文学や音楽などにおいて「ダメ男」モデルはたくさんいますけど、そういえば「ダメ女」はあまり聞かないです。極端に終わった人=干物や痴女以外のモデルケースがいないのは、男性目線で受け入れにくいのかもしれません。性的な対象であるべきとか、子供を生んだり仕事(家事労働を含む)の生産性を担うべきという呪縛から離れた、飄々としたダメ女もいていいのではないでしょうか。

本書で対談しているお二人、「草食男子」の名付け親である深澤真紀さんによれば、津村記久子さんは「「女」を捨てず、こだわりすぎもしない、その間隙をついてひゅっと現れた存在」であるといいます。いわゆる「女子」でもなく、気負ったダメ女でもなく、ちょうどいいダメさなのだと思います。

 深澤  私たちは年齢的にはひと回り違って、東(東京※深澤)と西(大阪※津村)っていう違いもあって(中略)そんなふたりが「女のダメさ」について語り合ったら面白いんじゃないかと。それに女の書き手による対談っておおむねほめ合って終わるじゃないですか。「大ファンです」「私こそあの作品読んで感動しました」みたいな(笑)。私は津村さんのファンだし、すごく尊敬しているけど、対談したかった理由は「尊敬してるから」というより「この人のダメさをもっとみなさんに知ってほしい」っていう(笑)。私のダメさもみなさんに知っていただきたいし。だって「ダメ」な話ってありがたいじゃないですか。
 津村  知りたいですよね。あらゆる人のダメさを。
      
(仕事編◆大人だから耐えてやってるんだよ、調子のんなよ! より)

第一部は仕事に関するダメさ、経験したパワハラについて語られています。これがけっこうしんどいのですが、ぺしゃんこにされてなお、ダメな自分が悪いのだ、と自分を責めてしまう人は楽になるかもしれません。いいんです、ダメで。むしろダメをみがきましょう。

第二部は生活編。血縁関係に対するものすごい親和性のなさも、苦悩とともに語られます。
いかに人づきあいがダメか、女を生きられないかというテーマにそって、
「人とつきあうときは、「ありのままの自分」じゃないほうがいい」「健康でなければいけないわけではない。ありもので生きる」(※要約しました)
「飲み会を個室でやらない」「人間関係を「休む」「逃げる」はすごく大事です」(深澤氏)
などの言葉が続きます。さすが深澤氏、キーワードや定義がボンボン生まれてきます。

 津村  コミュ力はすごいむずかしい。天性の才能やから。でも「ないとダメ」って言われた日には、どうしたらいいんでしょうね。
 深澤  それは「美人」とか「足が速い人」と同じ才能ですから、ないものはしょうがないです。

                 (生活編◆ネタなしに人に会わない より)

ばっさり。納得です。しょうがないです、ホント。
ところで、深澤さんにダメを見込まれた津村さんですが、特に面白おかしく話すのではないのに、返しがきまっていてカッコイイんですよねえ。私は津村さんLOVEなので、ハートフィルターがかかっていてごめんなさい。これ以上言いません。カッコイイけど(ノンストップ)。

その津村さんによる、「西」の女考が面白かったです。

 津村 「東」の女の人の関わり合いのことをぜんぜん知らないんで、なんとも言えないんですけれども・・・・・・。まあ、話がおもろいか、聞く能力に長(た)けてるか、共感するのがうまいか、のどれかの能力がないと、女の人の間では生きにくいかもしれませんね。たぶん、この三つのどれも持ってない人としゃべると、「ああ、おもんなかった・・・・・・」ってなって、「最近おもんない会話をしたんやけど」と話題になったりもします。まあ、一つのヘッドラインとして成り立つほど、「おもんない」ことはレアなのかもしれません。
 深澤  なるほど、それはたしかに「東」にはない発想だなあ。(後略)
 津村  具体的に、こういうのがダメ! ってのは不定なんですけれども・・・・・・。「今」がなくて昔の話しかしない、自慢にしろ愚痴にしろ自分の話しかしない、他人の話は上の空ではなっから興味を持とうとしない、否定から入って相手の上に立とうとする、とにかく不平しか言わない、みたいな話の仕方をする人は、もしかしたら、あんまり話す相手をつくれないかもしれません。
               (「おもろい女はモテない」という呪い より)

津村さんステキ・・・無下に言い切らないところもカッコイイ・・・💖
「東」は男もそんな人がふつうにいっぱいいるんです〜(自分も気をつけたいと思いました)。こんな分析がツルツルできちゃうなんて。

  深澤  そういうの(「西」の女の鮮やかな面白さ)が羨ましいんですよね。「東」の女子ルールでは、ほめあって終わったりしますからね。「もう真紀ちゃんはいつも輝いてて、私たちのあこがれよ!」と社交辞令で言われるつらさってわかります?(中略)すごくほめてくれるんですけど、ちっとも面白くないです。
                
(同上)

あと、面白かったのは。。。ってキリがないのでやめますが、「サブカルのマチズモ(マッチョ)」「女子力のマチズモ」「フェミニストのサブカル音痴」という言葉も新鮮だったですし、ダメさに関しては共感できることだらけでした。というか、深澤さんかわいい。私のほうがもっとダメだから、気にしちゃダメだよ? と謎の女子声かけをしたくなったくらいです。いや、ホントかわいいんですけれど。

最後は、うるわしい
  深澤  このままダメなままでやっていきましょう!
  津村  磨いていきましょう!

という発展的ダメ言葉で〆くくられているのが印象的でした。

最後までお読みいただいてありがとうございます。
深澤さんのテーマの一つであるセクシュアルマイノリティの本も読んでみたいですし、自分に飽きてしまって「アフリカの鳥とかビーバーになって、土とか枝で立派な巣とかつくりたいわーとか、しょっちゅう考えてる」と語る津村さんがビーバーになってしまう前に、サイン会とか行きたいです。
皆様もダメで楽しい週末をお過ごしくださいね!
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