978-4-7872-2065-3
『「日本スゴイ」のディストピア 戦時下自画自賛の系譜」早川タダノリ 青弓社、2016年
(表紙画像は出版社サイトよりお借りしました)
 
  今回『日の出』が、日本人の世界に卓越せる優秀性を一々の事実に依って、直裁的に全國民に開明して、國民的自覚の強化に實せんとすることは(中略)

 何たる感激の書だ! 国民一人殘らず讀め!!

 なぜ日本の陸海軍は世界の脅威であるか?なぜ日本の製品は世界の市場を圧倒してゐるか?
 なぜ日本の文化は世界驚嘆の的であるか?
 軍事に産業に科學に發明に醫学に鉄道に水泳に、日本は斷々乎として世界第一だ!
 精神力の深き趣味の美しさ勇敢にして粘り強さ、世界はたゝ”脅威の目を瞠るのみだ。
 肉體の優秀なることも亦外人に少しも劣らない!
 この痛快なる事實(じじつ)を見よ!日本人は世界第一意識に目覚めて全國民結束世界の大土俵に立つべきだ!!

(本書p.19「日本スゴイ」ネタの原型 『日の出』十月號大附録(新潮社、1933年)日本の偉大さはこゝだ 東京朝日新聞1933年9月7日広告写真より)

もう数年前のことになるけれど、地元の教育熱心なママ友(優しく、人望のある人です)と世間話をしていたら、彼女が「日本はスゴイから」と言い出したことがありました。?? 何の話? とよく聞いてみると、「**と**人は劣った民族で、陰謀とかよくないことを考えている。南京大虐殺は大嘘なのに、それを子供たちに教える人を許してはいけない」という意見を話し出したので、悪夢というかディストピア(暗黒郷)に放り込まれたような、頭が捻れる気分になりました。ちなみに彼女によれば「わからないけどアウシュビッツはあった(事実だった)」そうなのです、「アンネは有名だから」。

ママ友はとても真面目な人なので、私が「その**人に何かイヤな思いをさせられたの?」と聞いたところ、「ううん、**人に会ったことはないし、イヤな思いをしたことはないよ。逆に、南京大虐殺があったという証拠があるなら、私も正しいことを知りたいから教えてほしい」と言うのです。私が知っているはずの「国際的な常識」や、「一般的な」本を示すことしかできなかったけれど、何を言えばよかったのか。公正な史実とは何なのだろう、これからどうすればいいだろうと不勉強をつきつけられた出来事でした。

それからしばらくたちますが、こうした意見をリアルに聞くのは珍しくなく、彼女のように「弱者に優しく、ボランティア活動していたりする」ふつうの人の口から出たりするのが私のまわりの現状です。
価値観は個人の自由で、彼女にとってはそれがおそらく紛れもない現実で、相容れないのはわかっていますが、自尊心を育てる意味での教育が、他者を貶めることで成り立つのはすごくラクで気持ちいいのでしょうが、魂を売り渡しているというか、わかりやすく危険だと思います。。。いったい、どこで誰が何の目的で発した情報を、どんな下地を持つ人がどんな必要やメリットがあって取り入れるのか、、と頭がグルグルしたのを、本書を見て思い出しました。

83年たってるとは思えないほど、どこか(私の場合近所)で聞いた言葉が並んでいる広告から本書は始まります。
時期的には昭和のはじめごろから昭和20年(1945)までに刊行された当時の「日本スゴイ」本から、 
現代に通じるキーワードごとにチョイスし鑑賞したものです。
対象については「(前略)古典的名著の類はすべて割愛し、歴史のゴミ箱に捨て置かれたようなクダラナイ本、知っていても役に立たない本、人類の運命にとってはどうでもいい本を厳選して収集した」とあります。最近たくさん出版されている「「日本スゴイ」言説のご先祖様がどれだけ「スゴイ」のか」を堪能できる本です。

先にあげた『日の出』に登場する「日本人の偉さ」ネタはおもに以下のカテゴリーに分類することができ、最近のものにも酷似するとのこと。
 1.立派な日本人(個人)のエピソード
 2.海外で活躍する日本人(個人)のエピソード
 3.日本の美術工芸品や工業製品についての海外からの称賛(外国人にほめてもらうの、人気がありますよね)
 4.日本人は肉体的にも西洋人(白人)に劣っていないことを「証明」
 5.日本が持っている世界一の記録集

私も「それは本当に偉いのか?」と疑問を持ったのが、(体毛が濃いと勝手に決め付けている西洋人に対し)体毛が薄ければ薄いほど人種的に進化している状態であり、だから日本人は素晴らしいという徹底研究(解剖学の権威である足立文太郎博士による)。
また、「人類に普遍的な道徳思想がたまたま(他の国には残らず)日本に残存した」という「日本精神」の解釈、粘着性と弾力性に富んだ物質(日本独自の木、納豆、米など)が日本人を偉くし、日本にはそうした物質を生む霊気が満ちているという言説(中山忠直『日本人の偉さの研究』より)に至っては、私これ聞いたことある! と思ったら、著者も「これ言っている人、いまもいるいる!」と感慨を覚えたそうです。

昔のことだから、現代の知恵がある著者が矛盾や誤謬を突いて、つっこめるのは当たり前のような気もしますが、おそろしいのは何ら具体性も関連性もない、非科学的なことを言っている人が「いまもいるいる」なことだとオモイマス。。。

生まれながらにすぐれて選ばれた素晴らしい共同体の一員として、誇りを持って生活できれば、迷いがなく自信に満ち、毎日幸せに生きられるかもしれません。「正しい」共同体に所属し、守られ定位置を得て安定したい気持ちは私もわかります。でもここまで書いた言葉で連想するように、その共同体は狂信的な宗教と似ているため、さらに優位性を保持するための仮想敵や外敵脅威をちゃんとそろえることができれば、戦前の日本やオウムや、現在でいえばあの人たちに近い下地ができあがることになります。。。

とはいえ本書は基本、抱腹絶倒の「論理的なつっこみ」に満ちていて、安心して読むことができます。
あまりのトンデモぶりに「あはははは!!!」と何度大声出してしまったことか。。。

 七十年前の「日本スゴイ」言説は、「神がかり」に始まり「神がかり」に終わった。最初は単に、アナクロニズムな人々のたわ言だったものが、「大東亜戦争」敗戦直前には国家神学の教義にまで高められた。それが「日本不敗」という宗教的理念をもたらすにいたり、皮肉なことにその「思想」それ自体がやがて大日本帝国を滅ぼすことになるのである。
        (「神がかり日本に敗戦はない」より)

これが現実になりつつある、というのが誤解だといいのですが。
(追記:誤解を受けそうな箇所を削除しました。10/6 17:40)

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