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『アイヌプリの原野へ 響きあう神々の謡』写真・文 伊藤健次 朝日新聞出版 2016年
(表紙画像は出版社サイトよりお借りしました)

先に言うとこの本は、読んでよかった、と思った素晴らしい本です。どれも好きな本ばかり取り上げていますが、特に。

暑い夏の日、雪原をエゾシカがはねる表紙にひかれてこの本を開くと、ある地図に目がくぎづけになりました。
日本列島を、中国大陸側から見た「逆さ日本地図」がアジアの中の日本の位置付けがよくわかる気がして、斬新で好きなのですが、この本の最初のページにある地図は、見たことがない地図でした。

いったいどこだろう? とロシア風の表記を見ていくうちに、北海道の真北、シベリア方面から日本列島を見た地図であることがわかりました。恥ずかしながらふだん、日本列島の北はいくつかの島といわゆる「北方領土」でおしまいで、その先は漠然とロシア、という認識でしかありませんでした。
この地図を見ると、北海道からサハリン(樺太)の近いこと。湖のようなオホーツク海を囲んで、カムチャッカ半島から、飛び石のように知床半島へ向かう千島列島と、その先の北海道が暖かい南国の島に見えてきます。

国家体制が出来上がる前の、民族や文化の交流の話が好きなので、東北(北東)アジアはつながっていると実感させてくれるこの地図に、すっかりひかれてしまいました。
さらに見ていくと、深い森を歩くトラの写真が。アムールトラ保護のTシャツを持っているのに、またまた恥ずかしながら、アムールトラがどこに生息しているのか、ちゃんとわかっていませんでした。
北海道と緯度がほぼ同じ極東の原生林に、こんな大きくて美しいトラが。。。
さらに、以前『クマにあったらどうするか』という本の感想を書かせてもらいましたが、その姉崎等さん(故人となられました)の写真もあり、どんどんひきこまれていきました。

表題の「アイヌプリ」という言葉を調べましたら、直訳で人間の習慣、アイヌの儀式、文化という意味のようです。ご存知のように、アイヌとは「(神に対しての)人間」という意味で、私はこの本のタイトルを、アイヌらしさの原風景、「人としての生き方」の原点へ、というような意味にとりました。
副題の「響きあう神々の謡」は、アイヌ民族を祖に持つミュージシャンのOKI(オキ)氏の音楽と、「言霊が溶け込んだ」と言われる、口承文化による伝統的な謡(うたい)、神々しい自然の音、おのずと畏怖と憧憬が生まれるような手つかずの自然が溶け合った境地を表現したもの、という感じを受け取りました。

本書は自然写真家の伊藤健次さんが、北海道からサハリンへ、また千島列島へ、アムール川流域へと旅をしながら撮影した、ちょっと言葉を失うような美しい写真(たとえば古木のうろに、エゾフクロウが目をつぶっている写真は、山や森とのつながりを連想させて神秘的な広がりと迫力があります)と、印象的な文章で構成されている本です。

アイヌ伝承の木製古楽器「トンコリ」をよみがえらせたミュージシャンのOKI氏のライブの話から始まります。初めて知った方ですが、OKI DUB AINU BANDを始めとする活躍で知られる方です。
ちなみに巻末に、サハリンの海岸に樺太アイヌの衣装を着て立つ彼の写真があるのですが、古代の戦士のようでとてもかっこいいです(ボキャブラリーがなくて申し訳ないですが。。。)。彼のトンコリの音を検索して、流しながらこの本を読みました。

トンコリは不思議な音がします。著者は「水が入っているのか、と疑うほどふくよかな音色だった」と書いています。曲調や環境によるのかもしれないけど、琴やギターに、低音のぶれたような響きが特徴的に混ざった音に聞こえます。確かに水が滴っているようにも。別の静かな曲は、北極圏に近いジャズギタリスト(名前が思い出せませんが)の曲もこんなテイストがあったような気がしました。

どのページを見ても、知らなかった世界が展開します。
大雪山(北海道)にある、日本で一番標高の高い遺跡で、黒曜石の矢尻を見つけた話。
同じように、千島列島(ロシア領)の浜辺で、続縄文期から置き去りになって散らばっている、土器や石器を拾った話。
ウスリータイガ(極東ロシアの密林)の86歳の女性猟師の話、北海道アイヌとの文化の共通性。
生き生きとした姉崎等さん(アイヌの血を引く最後の熊猟師)の話、姉崎さんから聞いた教訓で、クマの難から逃れた話。
木彫家、砂澤ビッキの話、アイヌアートの話。キツネ、クジラ、シャチ、ラッコ、イルカ、トド、オオカミなどの動物の話、植物の話。OKI氏とサハリンを旅した話。

アイヌ民族やアイヌ文化は、現在の日本人から遠いもののように思われ、実際に民族感情を共有することはできないのに、どうして自分がひかれるのかはわかりません。マジョリティに溶け込めないものを持っているからかもしれないし(全ての人もそうではないかとも、ちらっと思うのですが)、以外と近い時代に、アイヌと和人は同じ根を共有していたのではないか、大事なことが私にもわかる形で汲み取れるのでは、と親和性も感じるからかもしれません。(というか普通に、独自の文化を持つ親戚だと思います)

本書とは別のインタビューで、OKI氏はアイヌ民族を「新しもの好き」の面があると語っていました。重い不当な歴史の一面からは、主体的にはとても「日本を受け入れた」とは言えないけれど、新しいものを取り入れてアレンジし、融合する柔軟性、強さがあるのではないかと、北方から連なる文化と物流の流れの歴史と創造性のつながりを、私も想像することができました。

とても書ききれない、シベリア・ツンドラ級のスケールを感じさせてくれる本でした。何度も読み返したくなります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次の更新は9月6日(火)を予定しています。
皆さまも夏の疲れをいやす、楽しい週末を送られますように。
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