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『島暮らしの記録』トーベ・ヤンソン 筑摩書房、1999年初版
(表紙画像は楽天ブックスよりお借りしました)

「無人島に一冊持って行くなら」やっぱりこの本しかない気がします。
本書は、著者ヤンソンとパートナーのトゥーリッキ・ピエティラが51歳から77歳までの夏を過ごした、クルーヴ島(ハル)での島暮らしをめぐる記録と断章で構成されています。クルーヴハルは優雅なヴァカンスを過ごす島というよりは多島海に浮かぶ岩礁で、かなり過酷な環境に思えます。

この作品は「大人のためのヤンソン著作集」ともいうべき作品群の番外編のような位置付けだと思います。あたたかい「ムーミンシリーズ」とは趣を異にする、私が勝手に「ヤンソン・ハードボイルド」とも呼んでいる作品たちの中でも、特にしびれるクールさに満ちています。どうしてもバイキングの末裔というイメージがぬぐえず、荒い海への親和性が非常に海賊っぽいです。ひとことでいうとカッコイイ文章です。

すでに「ムーミン」の人気作家として、自身のまめな性格(秘書もおかず登録商標と格闘し、山のようなファンレターにもほとんど返事を書いています)からも非常に多忙で、プライバシーもなく世界中からもみくちゃにされていた頃、ヤンソンとピエティラはこの島を入手します。
子供の頃から、夏は島で暮らす習慣がある家に育ったのもあるでしょうが、この島は精神を解放できる聖域として、ユートピアのような自由な空間だったのでしょう、二人はここで、のびのび・ひたすら仕事をしていたようです。

本書の登場人物(といってもすごく少ないです)のうち、小屋の建設に基礎から関わった地元の漁師ブルンストレム氏が大変印象的です。無駄を削ぎ落とした、ヤンソン的ハードボイルド世界の要のような存在です。

  夜更けに、浜辺でモーターを切る音が聞こえた。だれかがポケットランプを手にゆっくりと岩場を登ってくる。男はクロケー島のブルンストレムだと自己紹介をした。
  (中略)
  ブルンストレムはかなり小柄だ。風雪に耐えた厳しい顔に青い眼で、動きはすばやいが落ち着きがあり、日常的な会話では形容詞を使わない。ボートにも名前をつけない。
  わたしたちは彼を信用した、文句なくすぐに。

                            (「1」より)

このブルンストレム氏は、島に発破をかけて岩場をならすところから、小屋の建築日誌をつけています。非常に簡潔な日誌に、しだいに親しさと余裕があらわれ、ヤンソンたちとの親密さが増していくのがよくわかります。形容詞が確かに少ない! 

無駄が極限まで省かれた日記の末尾に「フレディング(スウェーデンの詩人)好みの夜」と書いたり(ロマンチックなムーミンパパを思わせる、ブルンストレム氏の詩ものっています。ハードボイルドってロマンチックですよね)、冬期の始まりでしばしの別れ(工事の休み)の日に
「村道で待つ時間は長い。寒気がやって来た。たいして言うことはない。言うべきことはおおかた言った。これでお別れだ。クロケー島より、心からの挨拶を。」フィンランド湾の健さんというか・・・文章として、こんな日記に私も憧れます。

寒い地方の人の、口少なだけど熱い情が伝わってくる登場人物を描写しているのは、ほかならぬヤンソンで、彼女もまたクールでワイルドでホットな人柄が伝わってきます。
優しく穏やかな笑顔のイメージが強いですけれど、「いい人プレッシャー」に苦しんでいたのではと思います。繊細でストレスを受けやすく、激しい面もあって怒りっぽい実像も本書から伝わってきます。

そんな一面の鬱屈を解放してくれただろう島の、自分たちで建てた小屋の中で、トゥーリッキとお互いめいめい勝手に仕事したり、特に海からも人からも見えなくなる位置の半地下の薪置き場で、ヤンソンが心の底からほっとして息をついただろうことが想像できます。精神の落ち着き、完全な静寂、充溢した幸福。

  八月の終わりの夕べ、わたしは坂道に出た。真っ暗だが、けっこう暖かく、遥かな沖をディーゼル・ボートが通りすぎる。ふと考えた。島のそばを通りかかった人が、灯のともった窓を見て、(中略)
  すると、二人の人間がランプのある机を挟んで向かいあい、言葉をかわす必要もなく、それぞれが自分の仕事に専念する。そんなのどかな情景を眼にするのだ。

                            (「5」より)

本書は、風力表のような「1」から「7」までの味もそっけもない名前の章で構成されています。それぞれ、その章の中には
最も美しいボート「ヴィクトリア」、島を入手するまで、工事の過程とブルンストレム氏、ダイナミックな海の「氷解け」、仕事、孤独、動物、ダンス(ヤンソンは一人でも踊りまくるのが好きだったので有名です。共感します!)竜巻、自然への無駄な抵抗、「フリベリさんの胡瓜畑」(何もかもおじゃんの意?)、機械(マシン)、ヤマハ、ホンダ、無線、島を離れるまで
といった内容がこの上なく淡々と流れています。

この中で二度ほど、「ゆるさない」「ゆるしがたい」という激しい表現が出てきます。どちらも自分へ向けられた厳しいもので、「できなかったこと」「できなくなってしまったこと(ここでは海が怖くなってしまった=ありえないこと)」に対する自己評価です。ヤンソンの時に激烈なまでの自己規範に改めて接する思いでした。うーん、「タフでなければ(島で)生きていけない」という言葉が久しぶりに浮かびました。

本書に24点おさめられている、トゥーリッキ・ピエティラによる島の絵も素晴らしいです。水墨画のようにモノクロですが、原画を一度見てみたいです。この本ですっかり魅せられてしまいました。著名なグラフィック画家・デザイナーとして知られているということなので、画集をぜひ入手してみたいです。

先日、この作品を映像化したような映画『ハル、孤独の島』を見てきました。本書の文章がたくさん朗読されている、味わい深い小品でした。カップルが二人で求め、愛して必要とした「孤独」の島の映像記録です。ヤンソンの生ダンスがたいへんイキイキとして楽しそうで、可愛らしかったです。愛すべき宝物の思い出を、茶色いグラスの底を通して見たような、良い作品でした。8ミリを久しぶりに見ました。音声と画像が別々のところもいいですね。

(話は変わりますが、いまだにトゥーリッキ・ピエティラ氏が「親友」とあちこちに紹介されているのはいかがなものかと思います。お二人がそう希望していたならわかるのですが、1960年代から正式にご夫婦として、カップル単位で大きな行事に招かれているのは知られていることなのに、なぜ友達扱いなのでしょうね。失礼な表記だと思います。)

最後までお読みいただいてありがとうございます。
次回は8月30日(火)更新の予定です。

週末、私も島に行ってきます。。。と言えたらいいなあ〜
ヤンソン(とムーミントロール)は、八月の末が大好きなようです。
皆さまも夏の終わりの週末を、楽しく過ごされますように✨

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