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『フェミニジア 女だけのユートピア』シャーロット・P・ギルマン著 現代書館、1984年

この本は私の大好きなユニークな楽しい本で、何度買いなおしたかわからないくらいです。
今手元にあるのは、やっとオークションで落札したのに、マーカーペンの書き込みがあるもの(涙。でもおかげで要点がわかります)。こんなに面白くかわいい本なのに、なかなか手に入らないのが残念です!(三輪妙子さんの訳文は読みやすくてホッとする文体、児島なおみさんのイラストがまたカワイイです。)

ところで、ユートピア=理想郷ってどんなところでしょうね?
空想的・夢見がちな話題が口にのぼるのは、現実逃避や意識改革が必要な厳しい時代のような気がするけど、案外、その余裕がある時代かもしれません。
最近、そんな話もできなくなるような雰囲気がなんとなくあり、とみに世間に余裕がなくなっているような気がしますので、ということは愛やら希望やら未来やら・・・そんなものが怪しいということですので、私の意地かなにかわかりませんが、逆にユートピアにひかれるような気がします。

この本は、ちょうど100年前にアメリカ人女性によって書かれた本です。
基本マッチョな国アメリカで、今の比ではない女性差別にさらされ、社会・女性運動家として活動していた人です。結婚して子どもがいましたが、仕事との両立や様々な事情で離婚、子どもは前夫と後妻との家庭で育ちます。著者は娘を託した前夫の新しい家庭と良好な関係を結びますが、生んだ母親が育てるべきだ、と子どもを捨てた女として叩かれたようです。それに対して、子どもは母親だけでなく、社会で育てられるべきだ(子どもを持つ持たない、独身または既婚にかかわらず、自分のように子どもを育てられなくても)とギルマンは集団(この場合保護者)保育を提唱していたようです。

『フェミニジア(原題HERLAND)』はそうしたギルマンのユートピア思想が書かれた本ですが、次はどうなるの? それから? とわくわくさせてくれる小説でもあります。今回読み返してみて、ユーモアとやわらかい知性と洞察力に満ちた人がいっぱい出てくるのに触れ、著者がそうだったんだろうなとその魅力を改めて思いました。男性に人気があるかは。。。どうなんだろう、わかりません(笑)

さてさて、物語はこっそり入国した探検家である三人の男性たちの視点から描かれます。あえて男性からの視点にしたところが面白いです。
テリーはイケメンぎみでモテる、古典的アメリカ人マッチョタイプ。「女性は征服するもの、挑戦と競争が好き」。女の子は俺が好きだよね、と思ってます。
ジェフは、アメリカ南部の古き佳き淑女を崇める、「女性は守り、いたわるもの」と考えるロマンチックなナチュラリスト。
主人公のヴァンは「女性は友だち」でもあると考える社会学者でリベラリストです。

彼らは探検の途上、はるか上流の高地に「女だけの国があって、行って帰ってきたものはいない」という言い伝えを聞き、「女の子たちにアメリカの文明と、男性のよさを教えてあげよう」くらいの思い込みを持って、飛行機でのりこむのですが。。。

すったもんだのあげく迎え入れられた彼らは、特殊なフェミニジアの女性たちの高い文化、能力が素晴らしいことを、抵抗しながら受け入れていくことになります。

 「どうして僕たちをこんなふうに閉じ込めておくんですか?」
 「それは、若い女性たちがたくさんいるところであなた方を自由にするのは、安全でないと思うからなんです」
 テリーはこの答えにすっかり喜んだ。心の中でいつも考えていたことだからだ。そこで、あえてこんなふうに尋ねた。「どうして恐れることがあるんですか? 僕たちは紳士ですよ!」(中略)
 「僕たちのうちの誰かが、若い女性になにかするなんて、まさか思っているわけではないでしょうね?」と「僕たち」をうんと強調してテリーが言う。
 「まあ、とんでもない!」。モーディーンは心から驚いて、あわてて打ち消した。「危険なのはその逆ですよ。娘たちがあなたに危害を加えるかもしれないのです。もし、なにかの偶然で、あなた方が誰かを傷つけでもしたら、それこそ一〇〇万もの母親があなた方に歯向かって来ますしね」(本文より)

 
2000年も女性だけの集団が、単性生殖による人口をコントロールしながら、平和に理想郷をはぐくみ続けてきたのですから、かなり文化がちがいます。

その国土は(食糧事情上、また国土の狭さから家畜はいない)手入れの行き届いた農園のよう、高い技術で作られた美しい街並み、乗り物は電気モーター車、子育ては共同で許可制、非常に高度な楽しい教育(いちいち参考になります)。

女性たち(女性という概念もないかもしれません)は、男性が想像するような色っぽい半裸のアマゾネスではなく、均整のとれた、運動選手のように鍛えられた美しい身体に表情、短髪、さまざまな顔形と肌の色(一様にさっぱりした美形と思われます)、「男性が喜びそうな誘惑的な女性らしさ」とは無縁の、簡素で活動的だけどセンスのいい衣服を着て、基本シンプルでがっしりしています。テリー(マッチョ)もジェフ(ロマンティスト)も激しくがっかりします。後天的に入れる「女らしさ」がないとこうなるのかもしれません。

女性たちの性格は一言でいうと「大人」。穏やかで優しく、礼儀正しく頭脳明晰、行き届いた思いやりで「一緒にいて気持ちのよい」性格をしています。もうユートピアなのでみんな素敵です。

男性たちは、魅力的な三人の女性とそれぞれ親しくなり、恋人関係ともいえなくなくもない関係になり、「名ばかりの」結婚式を挙げるところまでこぎつけますが、子どもを生むと生まないとに限らず「母性」がすべての文化で育ち、「独占欲」「妻」「家庭」「女性の仕事」さらに「恋愛、性愛」という概念を、進化の彼方においてきた彼女たちに、性行為そのものを説明するのにものすごく苦労し、三人のうち二人がほぼ失敗します。マッチョのテリーの悪戦苦闘とその顛末が、とても面白いです。ヴァンによる「恋人」を理解し、深く愛する過程は感動ものでした。

こんなに楽しいのに、なんで映画化されてこなかったんでしょうねー(私が知らないだけだったらすみません)。そうか、アメリカ人男性には受けないのかな。

この作品の面白さは、たいへん細やかに書き込まれた理想郷のあり方にあります。
整合性はないかもしれないけど、単性生殖による誕生と子どもの生育、成年の仕事、産業に経済、文化に死までの描写によって、愛情たっぷりに作り込まれた世界をファンタジーとして楽しむことができます。これだけいいことずくめの社会だと爽快ですけど、ちょっとヤケクソになったり、共同体から逸脱したり、気晴らしにワルイことしたりするのはどうしているのか心配になりますが、そのへんも大まかにふれられていて安心しました。

それにしても100年前の作品なのに、まったく古くささを感じないことに驚きます。かえって70年代くらいの本の方が古いくらい。普遍性に感心すると同時に、あんまり変わっていない意味を考えてしまいます。

さて、三人の男性はそれからどうなったでしょう・・・?
本のラストは、急いで終わらせる事情があったようにも、余韻を残したようにも思える終わり方です。
ほんとうに、ひとつくらいはフェミニジアがあったらいいのに。と女子校出身の私は思うのです。

最後までお読みいただき、ほんとうにありがとうございます!
ポチッとなしてくださった方にも感謝です(涙)
次回は7月5日(火)を予定しています。
もう7月になりましたね。皆様お体に気をつけて、楽しい週末をお迎えくださいね。

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