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『海からの贈物』アン・モロウ・リンドバーグ著、吉田健一訳 1959年(新潮文庫1967年初版)
(写真は出版社サイトよりお借りしました)

今日はこの、とても有名な随筆を読んでみました。

さまざまな用事、仕事、やるべきことに寸断されて、自分の時間が持てない人や
一人の時間があったとしても、リラックスできない気持ちがわかる人なら男女問わず、この5人の子を持つ女性飛行家の話にうなずくことが多いかもしれません。
少ないもので暮らす「シンプルな生活」をめざす本の元祖ともいえる内容でもあります。

著者は1920〜30年代の花形ともいえる「飛行家」であり、国民的英雄の妻として知られます。(初版では著者名は「リンドバーグ夫人」です)
アメリカン・ヒーローを支えた妻としてではなく一個人として、1950年代に女性のありかたを見つめた随筆を発表したため、フェミニズムの基本書としても読まれています。

こうした面もいまだに新鮮で、静かで魅力的なコンパクトな本なので、まさに海辺の孤独な休暇に持って行きたくなりますが(そんな機会があったらいいなあ)、今回はこの小さな本に満ちている、詩的な表現に注目して読んでみました。どちらかというと地味な本なのに、長年読み継がれているのは、普遍的な題材だけでなく、簡潔で実際的なのに、詩的な文章だからではないかと思うからです。

ところで、私はこの本をずっと持っていたのですが、今まではなぜか読み進められませんでした。年齢や立場がちがいすぎる気がしたのもありますが、今思うと私自身が悩みの渦中にいたからかなと思います。(今は、悩みは悩みでも周縁系みたいです)島にひとりで何週間も休暇に行き、言葉を交わす人もたぶんいない、という状況が贅沢だけど、ものさびしい感じがしたのです。
まさにその状況こそ、大人(の女性)が切実に求めることがあるとは、その頃にはよくわからなかったのかもしれません。

女性である著者が書いた文章に対して、吉田健一の訳は骨っぽく男性的と言われるようなのですが、私は(英語はよくわかりませんが)そうは思いません。どちらかというと中性というか、ことさら性を感じさせない中立的に近い感じがして、自分に課せられた女性的な役割から距離をおいた、静かで落ち着いた思索の文章に合っていると思います。

煩雑な世間から逃れた著者は、自由な休暇を送りにある島へ数週間訪れ、まったくひとりで過ごすことで、失われた自己がふたたび満たされる思いで思索を深めていきます。
このごみごみした地上を離れて、広すぎる空に一度自分のコントロールで飛び上がることができた人、遠い雷雲や夕焼け、地球や気象の特徴などを見てしまった人は、いったい地上のしがらみをどうやって受け入れることができるのだろう? と思うのですが。。。
著者は思考の推移と、人生(特にパートナーを中心とした人間関係)の成熟段階とを、手に入れたいくつかの貝殻の形状にたとえていきますが、その貝殻の描写がとても素晴らしいです。

 (前略)乳白色をしていて、それが雨が降りそうな夏の晩の空と同じ薄い桃色を帯びている。そしてその滑(なめ)らかな表面に刻み付けられた線は貝殻のやっと見えるぐらいの中心、眼ならば瞳孔(どうこう)に相当する黒い、小さな頂点に向って完全な螺旋(らせん)を描いている。この黒い点は不思議な目付きをした眼で、それが私を見詰め、私もそれを見詰める。(「つめた貝」より)

また、その的確な描写は貝殻だけではなく、二人(パートナーでも、きょうだいでも)のリラックスした関係性(距離感)を表すのにも向けられ、音楽に共鳴しながら複雑な動きをする二人の踊り手、ダンスの絶妙なタイミングと接触にたとえています。
ブレーク(ブレイク)の詩を引用しながら、人間関係の自律とバランスについて関連付けていますが、私にとってむずかしかった詩が響いてきたような、霧が晴れたような気がしました。

 喜びを自分のために曲げるものは
 
 翼がある生命を滅ぼすが、

 通り過ぎる喜びに接吻するものは
 
 永遠の日差しに生きる。  (ブレーク、本文より引用)

各章の末尾またははじめの一文は、とても心に残る文章で、このあたりが名訳といわれる所以かなと思います。よく引用される

 それで私はここに、私と同じ線に沿ってものを考えている人たちに対する感謝と友情を添えて、海から受け取ったものを海に返す。(「序」より)

から始まり、

 私は麻で編んだ籠(かご)を持ち、柔らかな砂が足の下で崩れて、一人で考えていられる時はもう直ぐ終る。(「浜辺を振り返って」より)

でおしまいになる章を通じて、私が受け取るものは毎回ちがうような気がします。こんなに文庫は薄いのに。(ちなみに、「忍耐」はイヤだけど、「待つ」「通り過ぎさせる」ということは自分に必要で、できる気がしました)
そして一読した後は、まるで同じ体験をしたように精神が洗われている気がするのです。
 
今日も今日とて長くなってしまいました。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
海に行かれる予定のある方がうらやましいです〜

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