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『クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人 姉崎等』語り手・姉崎等/聞き書き・片山龍峯/ちくま文庫 2014年(初版・木楽舎・2002年 品切)

クマにあったらどうしたらいいのか、なぜか前からずっと気になっていました。
山に行く機会(お墓参りの時くらい)はあまりないはずなのですが、そのお墓のある山近辺では、時たま里にクマ(ツキノワグマ)が下りてきているようではあるので、知っておくに越したことはありません。人生にまさかはありませんものね!

その他にも、この本が気になっていた理由としては、
1・文庫の表紙のクマ親子が可愛いから
2・漠然と山登りをしてみたいのに、山の中に関してまったく知識がないため
3・プロの猟師さんのサバイバル術に萌え萌えだから
4・個人的に、特に日本の自然や山についてアイヌ民族の知恵に学ぶことが多いと思っているため
があげられます。

3については、山に行って「これは食べられる」「この水は飲める」と判別できたり、野生の芋がどこに埋まっているかわかる方に、すごくしびれます。いつ食べ物がなくなってしまうか、不安なのかもしれません(人間=動物的には当たり前のことですよね)。

4については、特に震災後に切実に思うようになりました。都会で、自然から離れた生活を送っているように思える時でも、その生活は自然の表皮の上に乗っているのに過ぎないと、寄るべない気持ちになる時があります。
そうした時に、自然に対して謙虚・敬虔な気持ちでのぞんできた、先人さらにその先人の知恵を頼りたい気持ちになります。忘れられたルールが自然、世の中にはあって、そうした知恵の集積を読んでおかねばならないと思うのでした。

アイヌ民族については私は知らないことも大変多いのですが、日本民族の祖(北海道の一部だけではなく、日本全土に散らばる)とされる研究結果の話を聞いて以来(学校の講義の聞きかじりですが)、アイヌ民族は私の中で「遠い曽祖父母」的位置付けになっています。また、身近に現代のアイヌ系の知人もいるので、昨今の状況も考えると、きちんと理解したい思いもあって読みました。

でも本当にこの本は興味深く、面白いんです(もはや書評とはいえない言い方ですみません〜)。
表題にもある姉崎等さんは、北海道の千歳で65年もヒグマ猟をしていた方で、アイヌ民族を母に、和人を父に持つ「アイヌ民族最後の」狩人です(残念ながら2013年に亡くなっています)。その二つの文化に通じた語り口はとても冷静で現実的、誇張のない実際的な話し方なので、信頼感があります。役に立つことだらけです。クマ撃ち名人といえば姉崎さん、ということでこの本もとても有名なようです。
クマはもちろん、山のことやっぱり自分は何も知らなかったのだと思い至ります。国土の何割か忘れましたが、山だらけですのにね。

とにかく姉崎さんは超人的です。猟師としての修行も超人的に思えます。「クマは私のお師匠さんです」とご本人がおっしゃるように、クマに教わるように追いながら観察、自ら「クマ(の気持ち)になって」山を歩いたため、「等の歩いたあとなんか、あんなとこクマも歩かんよ」と言われるほどの難所、道なき崖あり滝ありの雪山を「普通のゴム長・普通のジャンパーと作業ズボン」という出で立ちで何日も歩かれます(トレッキングシューズとかではないんですね・・・)。冬山でも寝袋は持たず、火を焚いて薄着のまま寝る姉崎さん。「山を覚えたら、私自身は野生の動物となんにも変わりがなくなったんですよ」という姉崎さんの言葉に感銘を受けました。ちょっとちがうけど、あのスナフキンも姉崎さんの親戚かもしれないです。

本書はそうした姉崎さんが語る「こうしてクマ撃ちになった」いきさつ、
「狩人の知恵、クマの知恵」「本当のクマの姿」「アイヌ民族とクマ」
そして「クマに会ったらどうするか」という話で構成されています。

姉崎さんの語るすべてに目からウロコが落ちる私ですが、そのいくつかを順不同で書かせてもらうと

・クマが歩くと枝が折れる時に振動が出るため、キノコがたくさん出る(人為的にキノコを増やすこともできる)
・(冬山で)川に落ちたら間違っても長靴から水を抜いてはいけない。靴下を絞ったりするとすぐ凍って凍傷になる。ドボドボッと水をためたまま歩くと温かくなってくる。
・黒い服はクマと間違われて(ハンターに)撃たれる。白い服には赤を入れる。帽子も赤が良い。
・猟犬(クマ猟)を子犬の頃からしつける時は、山まで連れて行き、崖っぷちから落とす。そうすると、犬は崖から落ちても大丈夫と体で覚える。
そのほかにも、「山で泊まってはいけない場所」が興味深かったです。

肝心のクマの生態については

・普通のクマは人を襲わない。人里近くにいるが、人間を恐れなるべく離れようとしている。人間が近づくと警告音を出すので、それを聞いてゆっくりと離れる。
 例外は、いきなり近寄られて「襲われた」と勘違いしたクマ、子連れのクマ、経験不足で人間を怖がらない若グマ、すでに人を襲ったことのあるクマ、瀕死のクマ。
・母グマは冬眠からさめると、雪山に滑り台や階段を作って親子で遊ぶ。
・子供を守る母グマは、気迫があるので撃たれても簡単に死なない。
・撃たれたクマが毛並みが立っていたら、まだ死んでいない。
・追われたクマは、自分の足跡を(踏んで)戻って猟師の裏をかこうとする。
・クマにあって背中を向けるのは、自分の命がいらないということ。一番早く逃げた人が襲われる。

そして、クマにあってしまったら・・・そんな時のために、姉崎さん推奨の10か条が本文に載っています。とにかく動くものを追いかけてしまうので、腰を抜かしてでもよいから、目をそらさず、じっとしているのが一番良いそうです。
そして腹の底から「ウオー」とうなり、人間の方が強いのだと知らせるのだそうです。

また、のしかかられたらひたすらじっとするか(死んだふり)、がんばれる人はクマのノド深く腕をつっこむと良いそうです。噛まれそうだけど驚いて撃退できる場合があるそうです。できそうにないけどがんばります・・・!

初夏というのは、クマさん親子(最も危険?)が里にいかにもおりてきそうな季節ですが。。。
一家にあってしまったら、子供は見ないで母と目を合わせたまま静か〜に後ずさり。
その前に母グマが「地面をバーンと叩く警告音を出している」のですみやかに立ち去る。
(とありますが、どっちの方向にいけば良いか迷いそうです)

クマは人をむやみに襲いません、といわれても、怖いと思ってしまう素人なのですが
彼ら野生動物の生息地をどんどん侵食・間借りしているという意識があるので、人間側としては、生態系維持のため「「相互忌避」「ある種のよそよそしさ」が必要である(あとがきより)」という記述に深くうなずきました。

「アイヌ民族におけるクマ猟」はとても大きなテーマと専門性のある話なので、また別の機会に書きたいと思います。もっと詳しく読み込まないと私には書けないみたいです。

いたずらに神秘的な部分を強調するのもよくないと思いますが、たとえばクマ(カムイ=神)を「アイヌの(良い)家に招待するため」「また天に還ってもらうため」に猟をし、大事に扱う文化が、姉崎さんを作り、支えてきたのだなとこの本を読んで思いました。
それにしても、知れば知るほど、自分の無知を思い知ることになり、謙虚な気持ちにさせてもらいました。

クマに興奮して長くなってしまいました。
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