9784309275888
『山口小夜子 未来を着る人』東京都現代美術館=編、河出書房新社、2015

2007年に急逝した、アジア人初のスーパーモデル、パフォーマーとして知られる山口小夜子さんの同名の回顧展が2015年に開かれていました。その時出版された本です。

恥ずかしながら、この本で彼女の活動の全貌がどういうものだったかを知りました。知れば知るほど増す魅力に、読んでいくうちに自分が子供の頃から個人的に思い入れがある人だったのにもかかわらず、直接作品に接する機会もたくさんあったのに、見逃してきたなあ。。。という後悔にうちのめされました。

でも仕方ないです、アートなどから離れてしまう、それどころではない時期も普通の人はあります。そういう時期に、私は彼女のこともすっかり忘れ、小さな人生ととっくみあった後、また彼女と出会った(そして遅すぎた)のでした。よくあることなのですが。。。作家なら文章が残りますが、その時限りの舞踏やパフォーミング、またはDJとしての活動が、映像でしかわからないのが、かえすがえすも残念です。

もちろん、70年代のトップファッション・アイコンであり、世界中に「小夜子マネキン」を出現させ、アングラからメジャーまで各界の異才・鬼才が彼女にインスパイアされ、自ら影響を与えてきた唯一無二な存在なので、おびただしい写真、ポスターなどなどが残っています。美しい人なら他にもいたかもしれませんが、これだけの影響力を持った人はいないのではと思われます。

ファッションブランドに非常に勢いがあった当時、ショーは演劇的要素が強いものだったせいもあり、彼女の活動はすでに初期の頃から、それまでのモデルの枠を超えたものになっていきます。
彼女を素材、またはミューズのようにして作品を作り出したいデザイナーを始めとするアーティストの要望と、自己の身体表現を絶妙に合わせて作品を作っていく、という姿勢がはっきり現れています。

寺山修司の演劇に出演したことを例に取っても、個人的には、寺山修司の世界に一度虜になってしまった人は、その魔力にはまってしまい、表現活動が「その枠からなかなか出てこられない」印象があるのですが、山口小夜子に至ってはもしかしたら最初から「別格」、もちろん影響を受けつつも、自分のものとして動じない才能があったのだろうと(今になれば)思うのです。

私が覚えている子どもの頃は、山口小夜子はすでに神秘的なトップスターであり、物言わぬポスターの中の女神みたいな人で、時代の先鋭的なアーティストに引っ張りだこになっている印象でした。とにかく遠い人。

もう少し大人になって「山口小夜子」という名前をよく聞くようになったのが、山海塾や勅使河原三郎などの舞踏家と一緒に活動した時期です。
遠い印象だった彼女が、劇場に行けば踊っているというのが不思議な感じがしました。
(このころ、見ようと思えば見られたのに、なぜ見なかったのか…タイムマシンがあったら、当時の私に、見とけ〜! とこっそりお金を渡しに行きたいです)この本で彼女の考え、やってきたことを読み、ステージに立つ人なら避けて通れない「空間のまとい方」の考え方に刺激されました。

この本は、そうした活動を時代ごとに追った構成になっていますが、驚くのは(私だけかもしれませんが)、亡くなるその年まで、途切れることなく常に新しい活動を試みているということ。
もちろん「着る」ということがすべての切り口になっている彼女なのですが、2000年代に入ってもなお、キリキリ尖った最先端のアーティストたちと組んで、旺盛で貪欲な活動をしていたのです。行こうと思えば行けたのに知らなかった…舞とDJとか見たかった…涙(以下略)

東アジア人としての美意識をもって、未来を創り出す活動の一環としてたてられたプロジェクト「蒙古斑革命」も興味深いです。「混血」のしるしでもあるという蒙古斑、面白いネーミングです。

思い入ればかり先走った感想で、内容がなくて申し訳ない限りなのですが
最後に、晩年の彼女と組んで撮影していた写真家の高木由利子氏の文章を引用させていただきます。
彼女の考えと、空間のとらえかた、がよくわかり、共感できた一文でした。

 まとうひと

 気をまとう
 色をまとう
 布をまとう
 光をまとう
 音をまとう
 果てには
 家具も家もまとうことができる、と
 小夜子は言う。
 まとうことで、
 まとうものの一部になり
 宇宙の一部になり
 究極的には
 宇宙そのものになる。
 そして
 小夜子は今なお
 私たちをまといつづけている。

 この肉体を持ってこの世に存在するのは、
 今世を最後にしたい。
 ある夜、彼女はそう言った。(本文より)


いつも拙い文章なのに、最後までお読みいただいた方、ありがとうございます。
ぽちっとして下さる方にも、本当に嬉しい気持ちをいただいてます。
今日もお一人お一人に、お礼を申し上げたいです。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村


追伸:山口小夜子さんはよく、「あなたの子どものころの遊びは何でしたか?」と人に質問したそうです。覚えていらっしゃいますか?
私はドロケーやビー玉ころがし、靴投げの他には「木登りしてここに住んでるんだ、と妄想する孤独な遊び」「図書館に行ってここに住んでるんだ、と妄想する(略)」でした。